戸田奈津子さんの講演会で、キャリアを積んだ女性の清清しさに触れる

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少し前まで。海外の映画を見に行くと、必ずと言っていいほど、「戸田奈津子」さんの名前をスクリーンで見ていた。そう、だれもが知っている、あの字幕の翻訳者だ。通訳者・翻訳者を目指す方にとって、あこがれの的。戸田奈津子さんの講演に参加する機会をいただいたので、忘れないように、備忘録として残しておきたい。このチャンスをくださったM子さん、本当にありがとうございます。

字幕翻訳家として、キャリアを作るまで

戸田奈津子さんは、御年83歳(2019年現在)。娯楽が少ない時代、映画の世界に魅せられた戸田さんは、大学卒業後勤めていた会社を辞めて、字幕翻訳者を目指して、日本ユナイト映画でアルバイトを始める。当時を振り返り、「自分は大好きな映画にかかわりたかった。」と戸田さん。先輩はすべて男性。女性はいなかったという。翻訳の手伝いをしていたところ、意外な方向でキャリアがスタートすることになる。

ある日。映画の世界では、日本はまだ小さな市場で、なかなかハリウッドから映画監督やトップスターが日本に来ることが稀だった時代。「当時は、今のように帰国子女がごろごろ転がっている時代ではなかった。」という中で、日本ユナイト映画の営業部長だった水野春郎に、なかばごり押しされる形で、急遽通訳に任命されてしまう。

「翻訳者」は目指して「英語の読み書き」は勉強していたものの、「通訳」となると「英語の聞き話す力」が必要となる。それまで、一切人の前で英語で話すなど、ましてや、英会話などしてこなかった自分が通訳なんて・・・。と思ったものの、やるしかなかった。 当時の戸田奈津子さんは「英会話」など全く経験がなかったので、人前で英語で話すのも初めてという状態で、「大好きだった映画に関する知識」があったことに助けられて通訳をこなし、経験を重ねていく。 当時、関係者には男性しかおらず、女性の先輩は皆無だったという。

上司の指示で、突然通訳を頼まれて何の資料や事前準備もなく、体当たりで業務にあたった20代。そうするうちに、海外から映画関係者が来ると、通訳をこなしていくようになる。「数をこなせば、慣れてきますから。ただ、英語じゃなくて、映画の知識に助けられました。字幕翻訳者として食べられるようになったのは40歳を超えてからでしたね。20代から始めて、40代です。」とさらりと言う。その間には、いろんなご苦労があったことだろう。

字幕翻訳という仕事について

新しい映画の話は、連絡をもらって1週間~10日程度で納品せねばならない。 動画と台本が渡される。最初にざっと映画に目を通して、そのあとで、翻訳に着手する。ヒアリングが多少できなくても台本があるから、そこは大きな問題ない。スラングや地域による発音の差があるけれど、全部聞き取れる必要はない。むつかしい、とっさに浮かんでこない箇所な飛ばして、どんどん進めていく。飛ばした部分の翻訳は、出かけているときや別のタイミングで、ふっと浮かんでくることがある。だから、執着せずに、どんどん飛ばして進めるのだという。

字幕のむつかしさは、時間と文字数の整合性。 画面が切り替わる間のセリフの尺に合わせて、「1秒間に3~4文字」という基準で、翻訳の文字数を決めていく。 直訳をしていると、文字数が合わず、字幕を読むスピードが追い付かなくなる。それでは意味がない、と語る。

もっとも難しいのは、ジョークの翻訳。 特に、語呂合わせや文化的背景をもつジョークは日本語にはならない。 面白いはずの冗談を、なぜ面白いのかを説明しても面白くないし、伝わらない。そこをなんとか伝えていくのはむつかしいが、やるしかない。

質疑応答

会場の来場者からいくつかの質問がされたものに、戸田奈津子さんが答えるというコーナーがあった。その中の一部をご紹介したいと思う。

Q:翻訳は一人でやるのか?あるいは何人かで?

翻訳は一人で責任を持ってやっていく仕事。例えば、自分のことを訳す場合でも、「わたし」「僕」「俺」など、いろんな日本語に訳せる。それをどう訳すかによって、映画の雰囲気や伝わってくるものが違ってくる。だから、統一性を持たせるために、翻訳は一人でやるものです。誰かに翻訳や解釈について質問したりすることはない。聞かれたこともない。

Q:お弟子さんはいらっしゃいますか?

弟子はとっていないですね。今まで1500本の映画を訳してきましたが、どれも、連絡があって1週間で納品するという仕事をしてきたので、人を育てているような時間はありませんでした。また、ある程度、向き不向きがある仕事だと思っているので、教えてできるようになるというものでもないですね。字幕翻訳者になるための学校もあると聞きますけど、いったい誰が教えているんでしょうか。そんな時間があるのか不思議です。

Q:今まで出会った素晴らしい映画人のベスト3を教えてください。

今までたくさんのハリウッドスターに会いましたが、だれも優劣つけることはできません。みなさん、晴らしい人格者です。偉そうに威張っているスターを想像する人がいるんじゃないか、と思っている方もあるかもしれませんが、そんな人は稀だし、すぐに消えてきましたね。映画を作るには多くの人が動く必要があるので、その人たちを引き入れて、「いい作品を作り続ける」スターというのは、人格者でなければなりません。どなたをとっても、本当に素晴らしい方々なんです。

講演の感想

名言:20代から字幕翻訳を目指したが、それで食べられるようになったのは40代になってから。先輩は全員男性、女性はいなかった。翻訳は一人で責任を持ってやっていく仕事。だから、誰かに翻訳や解釈について質問したりすることはない。聞かれたこともない。

戸田奈津子さんは、現在83歳。当時の日本で、女性がキャリアを形成されたというのは、本当に素晴らしい。飛び込んだ世界は、男性の世界。女性にはチャンスさえ与えてもらえない状況だったはず。夢をあきらめず、頑固に、純粋に努力されたのでしょう。

最初は、字幕翻訳を目指していたのに通訳の仕事しか、させてもらえなかった。ひょっとしたら、「失敗するとかっこ悪いから・・・」という、男のプライドを守るため、矢面に当時まだ若くがむしゃらにやるしかなかった女子を差し出したのか?という邪推もしてしまう。

女性機会均等法など影も形もない時代。女は家で家庭を守る、良妻賢母が求められた時代。でも、戸田さんの声にはよどみなく、自信にあふれ、「好きなことをやりたかった」とあっけらかんと笑っておられた。じめじめしたところはみじんもない。

話していても80代にはとても見えない。頭脳明晰、質問しても回答は即座。そして、スパッと短文でテンポよく会話が進む。やっぱり、ずっとあこがれの女性だ、と強く感じた次第です。このチャンスをくださったM子さん、本当にありがとうございました。

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